今回はシメオネ監督率いる、アトレティコマドリードの戦術を分析してみた。シメオネがアトレティコの監督に就任してから今季で10シーズン目となっている。長い間、一人の監督が指揮をとると、チームの新陳代謝が悪くなり、マンネリ化を招き、悪い方向へと進んでしまうのは少なくない話だ。
しかし、今季のアトレティコが見せる戦いぶりにはそんな言葉は当てはまらない。マンネリ化などはせずに、シメオネはチームにチャレンジを求め、それに答える選手たち。そしてタイトルの通り、進化を遂げるチーム。今までより強いアトレティコの姿をピッチ上で見せてくれている。
そんな進化した姿「シメオネアトレティコ2.0」を解説していきたいと思います。
アトレティコが抱える問題
シメオネアトレティコと言えば思い浮かぶのは堅守速攻。鉄壁の守りから鋭いカウンターを繰り出す、現実的な戦い方をするチームと印象は強いはずだ。4-4-2での堅守速攻というスタイルでは世界でも右に出るチームはないだろう。
しかし、ここがアトレティコの問題にも繋がっている。相手に攻められることで生まれる、相手の背後のスペースがある時にはアトレティコの攻撃力は増していく。お得意の鋭いカウンターをお見舞いできるからだ。しかし真逆の状況になった時にアトレティコの弱さ、問題が浮き彫りとなる。
ボールを握る展開が得意じゃない。
引く相手にめっぽう弱い。
これがアトレティコの抱える問題。相手が強くなればなるほどアトレティコの強さは際立つ。相手に攻め込まれるほど、アトレティコのカウンターの威力は増していく。そんな試合を何度も見てきた。昨シーズンCLラウンド16Secondleg VSリヴァプール戦は記憶に新しいのではないだろうか。Firstlegをホームで1-0でしっかり僅差で勝利し、迎えたSecondleg。リヴァプールのホームアンフィールド。リヴァプールは勝利が絶対条件の中、アトレティコは猛攻に耐える。それでもリヴァプールの攻撃破壊力は世界一。試合は延長の末、アトレティコがカウンターからゲームをひっくり返し、昨シーズンのヨーロッパチャンピオンを撃破したアトレティコのゲーム。
本当に痺れるゲームだったのは今でも覚えているが、あの時のアトレティコも4-4-2の難攻不落の赤い壁をゴール前に築き、最後はオブラクが立ちはだかる。そして切れ味抜群のカウンターをお見舞いするゲームだった。こう言った攻め込まれた試合になるほどシメオネアトレティコの強さは際立っていた。しかし、そう言った相手ばかりではないのは言うまでもない。
ラ・リーガの中でもアトレティコはビッククラブ。アトレティコ相手に守りを固めるチームも少なくない。そう言った状況になった時にアトレティコは得点を奪えずにスコアレスで終わってしまうゲームも少なくないのがアトレティコの抱える問題。案の定昨シーズンのラ・リーガのアトレティコの引き分け数は16回とリーグでトップタイの記録。失点数は27とリーグ2番目の記録だが、得点数が51得点とリーグの中でも真ん中くらいの記録。レアル70点、バルサ86点とアトレティコの最大のライバルと比較しても、極端に少ない。
1試合で奪える得点数が1点増えるだけで、どれだけの勝ち点を拾えるか。それほど守備には大きな自信があるし、確かな実力があるから尚更。
そのアトレティコが抱えてきた問題を解決すべく、今シーズンは新たなチャレンジに取り組んでいる。それが「シメオネアトレティコ2.0」の形。
ベースはやっぱり4-4-2
今シーズンのアトレティコの戦いぶりの大きな特徴として、より攻撃的なスタイルとなっていることだ。ここまでリーグ戦10試合を終えて8勝2分の負けなし。失点数は僅か2と堅守は相変わらず健在。驚くべきは得点数。2試合多いレアル・ソシエダの22得点に次ぐ、21得点のゴールを決めている。今の状況でレアル、バルサよりも得点数を多く重ねている。しっかり得点数という結果で証明されている攻撃的なアトレティコ。
そしてもう一つの特徴として攻守でシステムが可変することだ。可変をすることで、位置的優位、数的優位を作り、相手に迷いを与えて、選択肢を多く持ちながら攻め込む狙いがある。そして、その可変するベースとなるシステムはやっぱり慣れ親しんだ4-4-2ではないかと推測している。
4-4-2をベースにボール保持の時には、3-4-2-1や3-1-5-1になったり、ボール非保持の時には4-4-2や後方を5バックにする時もある。可変をする上で必要なスキルとして、1人の選手が複数のポジションをプレーできるスキルだ。アトレティコの選手たちにはその能力が十分に兼ね備えられている。味方の組み合わせや、相手の特徴に合わせて配置を変える。状況、状況に応じて変化していく。なので、時折アトレティコの配置が分からなくなる状況もあるが、いたってスムーズ。ポジションが被らないようにお互い見合っているし、相手を見てポジションをとっていることがとても伝わる。見ながらプレーしていると言う極めてハイレベルなプレーをしているのだ。
先ほども述べたが、それほどハイレベルな選手がアトレティコには揃っている。SBでもありWBのトリッピアー。ピポーボでもありCBのコケ。CBでもありSBのエルモソ。WGでもありSBのカラスコ。インテリオールでもありSHでもありCMFのジョレンテ。どこでもできるサウール。そんな複数のポジションをハイレベルでプレーできる選手がアトレティコには揃っているから、攻守に目まぐるしく変わる可変システムが可能になっているのだ。
攻撃戦術
アトレティコはボール保持には、後方3枚になる。後方を3枚にし、可変することで、優位性を作り出し、しっかり繋いでゴールまで運んでいくスタイルを今シーズンはとっている。もちろん堅守速攻の形も持っている。ボールを握り、相手を押し込んで、引く相手にもしっかりゴールを奪うための可変システムだ。
後方3枚になり、前へ厚みを持って攻撃するスタイルは今までもチャレンジしてきた形でもある。しかし、今までの形とは少し色合いが違う。

昨シーズンまでよく見られた形として、両SBが高い位置に上がり、SHがインサイドに絞る。そしてサウールが左斜めに落ちる(サリーダ)ことで後方を3バックにする形だ。
今シーズンは3バック可変の色合いが違う。ベースを4-4-2と考えた時の可変はこんな感じ。

トリッピアーが右の高い位置に上がるのは同じ感じだが、左が少し違う。エルモソは高い位置に上がらずに少し絞る感じで後方をCBもこなせる3枚が並ぶ形に。ジョレンテはインサイドに絞り、フェリックスが一列落ちて、左の幅はカラスコが取る感じで、3-4-2-1へ可変する。

左の幅をとる役割をするカラスコの位置にはSBをこなすロディが入るのが昨年までの形だっが、今シーズンはそこの位置に、本職サイドアタッカーの選手が起用されていることから、基本配置は4-4-2となるのかなと予想している。
またサウールが落ちて後方3枚にしないことで、中盤の厚みを保ちながら、よりポジションバランスが良い形をとっている。こんな感じでアトレティコの可変が完了する。これだけで可変が終わらないのが、今季のアトレティコ。状況に応じて更に変わっていく。
コケとサウールのサリーダ
相手の配置、プレス戦術に合わせて、中盤のコケと、サウールが動き出す。コケとサウールの一方が最終ラインに落ちる(サリーダ)ことで、相手のプレスを掻い潜る優位性を作っていく。

この図は先日行われたCLvsバイエルン戦の様子。バイエルンは3トップで前からプレスに来る状況。それを見たコケと、サウールがサリーダすることで後方に優位性を作りだす。同時に2人一緒には絶対に落ちないのは約束。中盤の厚みを保ちつつ、後方に優位性を作り、相手の守備の基準をずらしていく。そこで生まれたズレを使ってショートパスで剥がし、前進していく。
相手が4-4-2の配置だったら、コケとサウールは落ちない。相手の立ち位置に合わせて中盤の形、後方の形を変えていく。この試合では中盤にジョレンテも一列落ちて中盤を3人にするシーンも。それによりバレンシアの中盤2枚の脇、間に立ち位置を取ることで優位性を作り出していた。

このように相手の状況に合わせて、ゲームの中で優位性を作れちゃうのも、今季のアトレティコの特徴の一つ。耐え凌ぐだけでなく、自分たちからアクションを起こし、相手にリアクションをとらせる。ボールをショートパスで後方から優位性を保ちながら運ぶシーンは非常に多くなっていると感じる。
左右で色合い違う攻撃
次は、相手陣内に入った以降の攻撃特徴を見ていきましょう。左右で攻撃の色合いが違うのがまた面白い。まずは左サイド。
左サイドは複数の人が絡みながら小刻みにボールを動かし相手を剥がしていく。左CBエルモソ、サウール、カラスコ、フェリックスで菱形を作り出しボールを動かす。とにかくこの4人の攻撃力は非常に高い。左CBエルモソは配給力が抜群。逆サイドへ大きなサイドチェンジもお手の物。しっかり前へボールを配給する。カラスコはお得意な独断突破も持ち合わせながら、フェリックスとの連携でボールを前進。そしてこの菱形ユニットで中盤を剥がせば、コレアが背後にランニングを欠かさない。この動きにより、フェリックスがフリーになる理由にも。バイエルンの3バックはコレアの立ち位置、動きによりピン留される。それによりライン間にスペースが開く状況にも。コレアのトップが地味だが非常に聞いているように感じる。

右サイドはシンプルかつダイナミック。右サイドは幅をとるWBトリッピアーにボールが入ると、インサイドにいるジョレンテがチャンネルランを繰り出す。何度も何度もそこへ走りまくるジョレンテ。相手が分かっていても御構い無し。チャンネルランを繰り返し、そこへ何度もトリッピアーがボールを送り込む。出したらトリッピアーが走るのも肝。オーバーラップだったり、インナーラップでもう一度攻撃にアクセント。
トリッピーアーからのジョレンテのチャンネルランは鉄板だが、配置される選手によってその特徴、色合いは変わってくる。しかし、ゴール前での1番の狙いは、シティがお得意のポケット侵入だ。必ず前向きの選手がゴール前にいれば、ポケットへ誰かが走ってくる。そこはどの選手も意識的に狙っているなと思わせるプレーは毎試合見られる。
オーバーロードはしない?
オーバーロードをしないのもアトレティコの攻撃の特徴の一つかもしれない。特に左サイドは多くの選手を絡めてボールを動かすので、相手を引きつけやす状況にもなるが、オーバーロードはしない。多くは左サイドのワイドや、ハーフスペースにボールが入ってしまえば、ワンサイドアタックで、最後はポケットへ侵入していく。右サイドはシンプル。ジョレンテのチャンネルランで完結。
最終ラインでの繋ぎでは、中盤を経由しながらサイドを変えていく。時にはエルモソが左から右のワイドに張るトリッピアーへチェンジサイドの大きなボールを蹴るがそれほど多くない。一方のサイドにボールが入ってしまえば、そちらのサイドで攻撃を完結させるのもアトレティコの特徴かもしれない。
もちろんオーバーロードの破壊力は抜群だが、カウンターを受けるリスクがあることを忘れてはいけない。ボールサイドではないサイドは幅をとる。しかし、オーバーロードからのサイドチェンジの過程で、ボールを奪われたら?サイドに広く幅をとっている選手たちのカウンター対応は難しくなる。一気に開いてしまったサイドを使われてカウンターを受けるリスクがある。そんなことを踏まえてワンサイドアタックで攻撃を完結させるシーンが多いのかもしれない。もちろん状況に応じてサイドチェンジをするシーンもあるが、蹴る選手も絶対的なキックの自信のあるエルモソは蹴っていいよ!と決まり事があるのかもしれない。
攻撃的に見える戦術にも、シメオネの現実的な哲学が宿っているように感じる。
くすぶっていた攻撃陣
チームでいくら設計し、ボールを安定的にゴール前に運んでも最後は個人の能力は重要だ。決めきる力。1vs1で突破する力。そんな力を持っているタレントがアトレティコにはいる。新加入のスアレスはもちろん、昨シーズンまでくすぶっていた選手たちの活躍がより目立つ。
Embed from Getty Imagesまずはコレア。今季トップに入る試合が多いようだ。私の印象としてコレアはサイドの選手という印象が強かったが、調べてみると、元々はトップの選手だったようだ。自分の一番慣れたポジションに戻れたのだ。ボールを落ちて受ければ、持ち前のテクニックで奪われない。そして地味に効いているのが、最終ラインの裏をとり続ける。仕留める動きをコレアがしてくれることで、相手のDFラインは下がり、ライン間にスペースを開ける役割のも。今季のコレアは非常にイキイキとプレーしている。
Embed from Getty Imagesお次はレマル。レマルもコレア同様にサイドの印象が強い選手。いやサイドの選手だよね。そんなレマルは今季、インサイドでプレーしている試合も多いようだ。バレンシア戦のコレアとの2トップは非常によかった。ハーフスペースに落ちてボールを引き出すと、持ち前のドリブルで相手を切り裂き、何本もミドルシュートを放つ。サイドよりもいいかもね!と思うほど。もちろん左のワイドで使われる試合でも。ボールを持てば独断突破はお手の物だが、クロスにもしっかり入ってくる。ゴールに直結するプレーが増えてきた気がする。さぁ、モナコ時代に見せていた以上のインパクトを今シーズンは残せるか?残せる可能性は十分あると思う。
Embed from Getty Images忘れちゃいけない男ジョアン・フェリックス。フェリックスが覚醒している!という人も多くいるが、彼にとっては普通なのかもしれない。これだけのパフォーマンスは当たり前。やっとチームにフィットできた感じはあるが、シメオネが上手くフィットさせたとも言えるだろう。昨シーズンいろんなバッシングを受けたフェリックスをシメオネが守る発言を常にしていたように感じる。彼が本来の力を発揮するだけで、アトレティコの得点数は上がる。それほどの力をフェリックスは宿しているのは間違いない。いちいちプレーがかっこいいんだよねフェリックスは。惚れ惚れする。
守備戦術編へと
「シメオネアトレティコ2.0」の前編となる攻撃戦術はここまでとなります。後編となる守備戦術は後日アップいたしますので、お楽しみに!
大きく変貌を遂げた攻撃戦術。ボリューム的には守備戦術は少なくなると思いますが、守備戦術以外にも、最注目選手2名のピックアップ、これからのアトレティコについても少し触れたいと思いますので、お楽しみに!
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